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「四国へんろ道文化」 世界遺産化の会について
1200年にわたって受け継がれる「四国へんろ道文化」は、世界に類をみない「循環型巡礼の道」であるとともに、「共に生きる」社会への道筋を示す貴重な平和的シンボルです。 私たちは21世紀における多様な共存、共生への道筋として、この「四国へんろ道文化」を世界遺産に登録すべく活動している市民団体です。

「四国へんろ道文化」世界遺産化の会の概要

「四国へんろ道文化」世界遺産化の会は、愛媛県の(公財)えひめ地域政策研究センターにおける「えひめ地域づくり研究会議」会員有志によって、平成12年(2000年)に設立されました。現在では愛媛県内だけでなく、日本各地の遍路経験者や賛同者の皆さまにご加入いただいています。世界遺産化への署名運動や、シンポジウム・フォーラムの開催、へんろ道体験ウォーク、旧へんろ道の復元・整備、遍路道の清掃などの活動を行っています。また、2010年3月に設立された「四国八十八箇所霊場と遍路道」世界遺産登録推進協議会の構成メンバーとして、世界遺産登録推進活動に協力しています。

設立年月日
平成12年(2000年)9月23日
代表世話人
小山田 憲正・武田 信之・塩崎 満雄・宮本 清幸

会へのお問い合わせやご連絡は下記の事務局までお願いします。

本部事務局

所在地   〒790-0932 愛媛県松山市東石井6丁目12-36 星企画株式会社内

電話    089-956-3555

FAX   089-956-3556

メール   jimukyoku@88henro.net

会員構成

個人会員 年会費3,000円 (賛助会員 年会費1,000円)

法人会員 年会費10,000円

会員数
登録会員数150名(平成27年7月現在)

「四国へんろ道文化」世界遺産化の会の目的

「四国へんろ道文化」世界遺産化の会の目的

私たちの住む四国で発祥し1200年に渡って継承されてきている「四国へんろ道文化」の普遍的価値について学び、行動し、検証して、その文化的水脈を私たちのまち・むらをより豊かで魅力的な地域社会に変革する運動に導く一方で、比類なき循環型巡拝路としての文化遺産の現代的意義と価値を世界に情報発信して、21世紀における人と人、人と社会、人と自然の共存・共生社会への道筋を示す平和的シンボルの道文化遺産として世界遺産登録をめざしています。

代表あいさつ

こころを生きる

仙遊寺住職 小山田 憲正

「四国へんろ道文化」
世界遺産化の会代表世話人
四国霊場第五十八番札所
仙遊寺住職
小山田 憲正

先日、私と同年輩と見える男性の歩きへんろの方が見えた。一ヶ月近くも歩き通してきた顔には、浅黒く陽に焼け体は疲れを残すどころか、精気に溢れていた。掛け軸一本を納経され、別れ際に「この軸を表装するのに何日ほど掛かりますか。」と尋ねられた。私は、正確には答えられないが、いつもですと注文してから一ヶ月程はかかっていること、急がせればもう少し早くなるかも知れないことを伝えた。
せっかく歩かれて作った軸だから焦らずに良いものを作られたらと話していたら、彼は、「娘の四十九日の法事に間に合わせたい。」と袋から、まだ幼さが残る娘の写真を取り出した。豊かな髪を結い振り袖姿で写っているが、その時すでに頭髪は病気のため残っていなかったという。白血病で発見から数ヶ月の命だった。娘の死後、とても家に居ることはできなかったであろう。

又、少し前になるが、今度は高校三年生という男の子が野宿したいと夕方遅く寺に来られた。もうすぐ正月を迎える冬の最中のこと、高校三年と言えば、進学や就職を控えてなかなか落ち着かない時期にへんろに出るとは大した者と、部屋に通し話を聞いた。彼は、「高三とは言っても、ここ一年間はまともに学校に通っていない。」と話した。将来の進路もまだ決まっていないし、とにかく歩きたかったようだ。今日ここに泊まることを家に連絡することを勧めたが、「親の声を聞くと帰りたくなるから結構です。」と断られた。私が替って電話することにした。電話口に出られた母親は、毎日連絡を待っていたが、一回もないのでとても心配していた。「あの子が始めて、自分からしてみたいと言ったのがへんろだったので送り出した。」と言う。半月後には彼から元気な礼状が届いた。
年間何万人といわれるへんろの中では、歩く人はまだまだ少数です。多くの人はバスや自動車での巡拝であり、それでも十日とか二週間程かかります。自転車を漕いで拝られる人も多くなりました。自転車ですと二十日近く、歩きへんろは五十日から六十日と大変な時間がかかります。世界で最も忙しいと言われる日本人が、こんな時代が止まっているような時間を持っているのは驚きではないでしょうか。しかも、一回巡ったら終わりではなく始まりであります。五十回、百回と数多く巡る人が後を絶ちません。
装束も昔ながらのへんろ装束、あじろ笠に金剛杖、白衣に手甲脚胖としにびとのいでたちであります。現在の己を弔い、生まれ変わった自分との出合いの旅であります。
日本での年間交通事故で亡くなられる人が一万数千人、その交通事故死を上回る人々が、毎年自らの命を絶っています。人はその厳しい現実にあらがうかのようにへんろの旅に出ます。四国の自然にふれ、人の優しさにふれる中で、消えかけていた命のともしびを明るく輝かせているのでしょう。

へんろとは、辺土を巡る人々のこと。日本各地に残る霊場を巡る人には、へんろとは言わず、参拝人、巡礼者と一般的な呼び方をされますが、ここ四国においては、「おへんろさん」と呼ぶ習わしです。そこには巡拝の人に対するいたわりが感じられます。

今ここに四国霊場八十八ヶ所巡拝の文化とへんろ道を世界遺産に登録する運動を起こすことは、私たちの自然に対する思いであり、人のこころに対する願いであります。